閉じ込められた波
イルカの皮膚のような薄グレーのカーテンをひっくり返すと、そこには閉じ込められた波がありました。
ずっと昔に一人旅をした時に見た冬の暗い海を思い出しました。ぬらぬらと吸い込まれそうな大きな波はまるで巨大な生き物のようで、いつか誰も見ていない隙にひとりやふたり食べてしまったのではないかと思うような不穏な光景でした。
誰の心にもそうしたひとりやふたり飲み込んだ心の海があるのではないかと私は思うのです。
水底に何が沈んでいるのかはその人にしか分かりえず たまに、もしくは毎夜その岸辺に腰掛けて海を眺めるのです。
空には月も雲もなく、ただただその水底に思いを馳せるのです。
心に誰も住まわせていない人などいないのです。
そして、隠された海への小道はその人にしか拓かれないのです。
一度沈んでしまったものを全て掻き集めて元通りにすることは難しい、それをみんな分かっているからすべてを海に沈めたまま、日が登ればその道を引き返し、何事も無かったかのように朝日を浴びるのです。